ヒトの神経には、脳からの命令を手足に伝える役目を担っている運動神経と、手足や体の各部からの知覚情報(熱い・痛いなどの感覚)を脳に伝える知覚神経があります。頚部のところで脊髄を中に納めている骨は頚椎と呼ばれます。頚椎は全部で7つあり、各頚椎間には椎間板と呼ばれる組織があります。
この椎間板は上下の頚椎を連結していますが、ある程度の弾力があります。しかし年齢が進むと(40〜50歳代以降)、この椎間板やその近くの頚椎が少しずつ変形し、脊柱管の中に含まれている脊髄や神経根が次第に圧迫されるようになってきます。これが頚椎症と呼ばれるものです。
一側の上肢の特定の部分に「しびれ」や鈍痛が出現します。また時には、両手の「しびれ」がみられたり、両手を使った細かい動作(箸を使う動作・ボタンをかける動作・ページをめくる動作など:いわゆる巧緻運動)が徐々に出来にくくなったり、両足が足先から段々と「しびれ」てきたり、歩行がなんとなく不自由になる、階段昇降が不安定などの症状が出現します。時には、道で転倒するなどの比較的軽い外傷にもかかわらず、外傷後に急激に四肢麻痺などの極めて重い症状が出現することもあります。この病気の進み方は患者さんにより様々です。軽い「しびれ」や鈍痛で長年経過する方もおられる一方で、数ヶ月から数年の経過で手足の動作がかなりの程度障害される場合もあります。症状が出現してこの病気が確認された場合には十分な経過観察が必要です。
まずは慎重な経過観察を行いながら、手術以外の保存的療法と呼ばれる治療法を行うことを原則とします。保存的療法としては、頚椎牽引療法・頚部カラー固定・頚部のマッサージなどの理学的療法などがあります。ただしこれらの療法により時には症状が悪化することもあり得ますので、十分な観察のもとに行う必要があります。痛みの程度が強い場合には、消炎鎮痛剤などが用いられます。しびれや巧緻運動障害が主な症状の場合には、ビタミン剤が用いられます。保存的療法を行っても症状が進行し、日常生活に不便を覚える程度となってきた場合には手術が必要となります。
この病気の進み方は様々で、手術を行わない場合の正確な予測は出来ません。軽い症状で長年経過することもあり得ますが、一方では経過中に神経症状が進行している場合には、それ以降も悪化することが多いと考えられています。また、ある程度神経症状が出現している場合には、あまりこの状態を放置しておくと、脊髄自体にもとに戻らない変化(いわゆる不可逆性変化)が生じてしまい、たとえ手術を受けても術後の神経症状の回復程度が不十分になると考えられています。
手術には大きく二つの目的があります。第一の目的は、現在の症状の進行をくい止めることです。手術用顕微鏡下に慎重な手術操作を行えば、この目的はほぼ達成することが可能です。第二の目的は、困っておられる症状を少しでも軽くすることです。
手術の大部分は手術用顕微鏡を用い、明るい術野のもとに、神経や血管などの色々なものを大きく拡大しつつ慎重に行いますので、手術用顕微鏡を使用しない場合と比べて安全なものとはなっていますが、それでも数%で合併症があり得ます。
手術後は原則として、術翌日に起床します。通常では術後7日目に抜糸し、術後10〜14日目に退院となります。術前からかなりの歩行障害などが見られる場合には、術後のリハビリテーションが数週間から数ヶ月必要となります。仕事や学業への復帰は術前の症状にもよりますが、通常は術後1〜2ヶ月が一応の目安です。